Music | 酔いどれホーボーになるまえに
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    6.『小説家を見つけたら』(2000年)×イズラエル・カマカヴィヴォオレ「虹の彼方へ」
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      2000年のガス・ヴァン・サント監督の『小説家を見つけたら』(原題Finding Forrester)は、ニューヨーク・ブロンクスを舞台に、J・D・サリンジャーのようにすっかり隠遁してしまった大作家ウィリアム・フォレスター (ショーン・コネリー)と、文学の才能を持つ16歳の黒人少年ジャマール・ウォレス(ロブ・ブラウン)の心の交流を描く快作である。

      この映画のエンディングで、イズラエル・カマカヴィヴォオレの「サムウェア・オーヴァー・ザ・レインボウ」、ヴィクター・フレミング監督のミュージカル『オズの魔法使』(1939年)の主題歌「虹の彼方に」のウクレレによるハワイアン・バージョンがやさしく流れる。カマカヴィヴォオレ、愛称「イズ」は、 340kgを超える巨体から美しい歌声で魅了する、ハワイを代表する歌手で、惜しくも1997年7月に肥満が原因で38歳という若さで亡くなっている。

      「サムウェア・オーヴァー・ザ・レインボウ(虹の彼方に)/ホワット・ア・ワンダーフル・ワールド(この素晴らしき世界)」のメドレーが収録されたアルバム 『フェーシング・フューチャー(Facing Future)』は1993年にリリースされ、世界的に大ヒット。「サムウェア・オーヴァー・ザ・レインボウ」は、多くの映画やテレビ番組に使用されている。  マーティン・ブレスト監督のブラッド・ピット&クレア・フォーラニ共演のロマンティック・ファンタジー『ジョー・ブラックをよろしく』 (1998年)、ピーター・シーガル監督のアダム・サンドラー&ドリュー・バリモア共演のロマンティック・コメディ『50回目のファースト・キス』(2004年) などのエンディングに使われている。このほか、米NBCのテレビドラマ『ER緊急救命室』の第172話「再発」(2002年)において、脳腫瘍に冒されたマー ク・グリーン医師(アントニー・エドワーズ)がハワイで息を引き取る際のBGMに使われて反響を呼んだ。

      元歌は、エドガー・イップ・ハーバーグ作詞、ハロルド・ハーレン作曲で、『オズの魔法使』の主演女優ジュディ・ガーランドが歌って大ヒットし、アカデミー主 題歌賞に輝いた名曲。このとき、ジュディ・ガーランドはわずか14歳で、スタジオ幹部から「14歳の少女が歌うには大人びている」とクレームが付き、この 歌唱シーンはカットされかかった。だが、プロデューサーのアーサー・フリードが猛反対し、結局残されることになった。今では、エリック・クラプトン、キー ス・ジャレット、サラ・ヴォーン、ローズマリー・クルーニー、フランク・シナトラ、ジミ・ヘンドリックス、エラ・フィッツジェラルド、レオン・ラッセル、 イングヴェイ・マルムスティーン、レイ・チャールズ、ジェフ・ベック、美空ひばり、江利チエミ、松任谷由実などがカバーし、世界的なスタンダードナンバー となっている。01年に全米レコード協会等の主催で、投票により選定された「20世紀の名曲(Songs Of The Century)」で、ビング・クロスビーの「ホワイト・クリスマス」を押しのけ、第1位に選ばれている。

      「虹のかなたのどこかに、素敵なおとぎの国がきっとあるわ/虹のかなたの青い空、そこに夢のような世界があるわ」(訳詞:サトウムツオ)と、『オズの魔法使』 の主人公の少女ドロシー(ジュディ・ガーランド)が知らない世界への憧れを歌ったもので、『小説家を見つけたら』の黒人少年ジャマールの未来を予見しているようで、胸に迫るのだ。

      | mou1234 | 21:37 | comments(0) | - |
      5.『BIUTIFUL ビューティフル』(2010年)×ラヴェル「ピアノ協奏曲ト長調」
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        2011年のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の『BIUTIFUL ビューティフル』(原題Biutiful)は、情感豊かで、深く心が揺さぶれられる映画だ。主人公ウスバルを演じたバビエル・バルデムの存在感が、『海を飛ぶ夢』(2004年)や『ノーカントリー』(2007年)を軽く凌駕して、不気味に底光りしているからだ。
        ウスバルは、スペイン・バルセロナの薄汚れた裏社会で、犯罪同然の危ない仕事に手を染め、生き延びている犯罪のチンピラだ。時には死者と交信できる霊能力者として小銭稼ぎをする一方で、幼い頃生き別れた自分の父親の姿を探し求めている。また小さな子どもたちにとっては献身的な父親だが(表題は末娘が書いたスペルミス)、いまだに苦痛の種である躁鬱病の元妻とも縁を切れないでいる。それでも彼は「受難」が足りないのか、彼は末期ガンの宣告を受ける。

        イニャリトゥ監督は、黒澤明監督の『生きる』(1952年)にオマージュを捧げつつ、主人公の「受難」が際立つように演出。生と死、肉体と精神、罪と罰といった二律背反する要素をくっきりと共鳴させている。 それゆえ、子どもたちの未来を模索し、ガンの痛みに耐えながら街を彷徨うウスバルの姿は殉教者キリストのように見える。しかし、死にゆく彼よりも、悲惨な生き方しかできない元妻も、セネガルや中国から来た仲間の不法労働者も、彼は霊能者なのに、誰ひとりとして救済できない。これがどうにもやるせないのだ。

        主人公ウスバルの目を通じて、誰も目を背けたくなる悲しい現代社会の歪みが描かれる本作では、観る者も最後の最後にようやく自由に解き放たれる。まるで鎮魂歌のように流れるモーリス・ラヴェルの「ピアノ協奏曲ト長調第2楽章アダージオ・アッサイ」が、十字架をズルズルと引きずる殉教者キリストのテーマ音楽のように、クライマックスで美しも悲しく響き胸に突き刺さるのだ。

        そのラヴェル「ピアノ協奏曲」は、フランスの作曲家モーリス・ラヴェルが最晩年の1931年に作曲した2曲のピアノ協奏曲のうちの一つ(もう1曲は「左手のためのピアノ協奏曲」である)。2曲は同時に作曲され、「ピアノ協奏曲」は「左手のためのピアノ協奏曲」の1年後に完成。ラヴェルの死の6年前で、最後から2番目の曲にあたる。

        重厚な「左手のためのピアノ協奏曲」とは違って、対照的に陽気で華やかな 性格を持ち、ユーモアと優雅な叙情性にあふれている。ラヴェルの母の出身地であるスペイン・バスク地方の民謡、ラヴェルが1928年から行ったアメリカの 演奏旅行で「盗んできた」ジャズのイディオムなど、多彩な要素が用いられている。

        中でも第2楽章アダージオ・アッサイは、叙情的なサラバンド風な10分弱の楽章である。冒頭のピアノ独奏は、全108小節の3分の1にあたる33小節あり、時間にして約2分間ほどと長大だ。監督のイニャリトゥは、このCDを聴いて、物語を着想したそうである。
        実は僕が本当に好きな曲で、いわゆる名演奏といわれるレコード盤をしこたま持っている。ピアニストのとっては技量を試される曲で、サンソン・フランソワ、アルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリ、マルタ・アルゲリッチ、エレーヌ・グリモーなどのバージョンなどがあって、全部買い漁って聴き比べている。 やっぱり第2楽章が極め手だ。いつもピアノとフルートやオーボエなどの掛け合い(インタープレイ)になると、涙が出てしまうのだ。
        僕は美人に目がないタイプで、男性演奏者も好きではあるが、エレーヌ・グリモーがヨーロッパ管弦楽団と演奏したバージョンが大好きだ。この第2楽章での彼女の恍惚とした表情には、天上の美が集約されていると思う。すばらしい出来だ。

        | mou1234 | 21:22 | comments(0) | - |
        4.『テン』(1979年)×ラヴェル「ボレロ」
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          モーリス・ラヴェルの「ボレロ」はえらく官能的だ。
          よほど魅力的とみえて、黒澤明は『羅生門』(1950年)で作曲家・早坂文雄に「ボレロ」のような音楽を注文しているし、ブライアン・デ・パルマ監督は世界の坂本龍一に『ファム・ファタール』(2002年)でパクリともいえる、同じ旋律を注文している。
          クロード・ルルーシュ監督の『愛と哀しみのボレロ』(1981年)では、ジョルジョ・ドンがラストで官能的に踊ってみせる。彼のモデルはルドルフ・ヌレエフで、モーリス・ベジャール振付のそのバレエが強い印象を残す。

          しかし、忘れられないのは、セックスのイメージとして「ボレロ」を使った、1979年のブレイク・エドワーズ監督のコメディ『テン』(原題 Ten)。当時ファラ・フォーセットらと並んでセックスシンボルだったボー・デレクがヒロイン役だった。
          アカデミー作曲賞も獲った売れっ子中年作曲家(ダドリー・ムーア)が、街で10点満点の女性(ボー・デレク)を見つける。その夜に、ミュージカル女優の恋人(ジュリー・アンドリュース)とは喧嘩をしてしまう。ウエディングドレス姿だった10点彼女は、メキシコで新婚旅行中であることをつかみ、主人公はメキシコのアカプルコへ向うのだ。いろんな経緯があって、ついに主人公は、10点満点の女性とベッドインするところまで漕ぎ着ける。

          いくらなんでも、ハネムーン先で身も知らない男とセックスするなんて、おかしな話だ。
          それもそのはず、彼女はフリーセックスの信奉者。セックスは誰とでも楽しむクチらしい。
          劇中のセックスの最中、彼女はターンテーブルの「ボレロ」のレコードに針を落とす。いざ始めようとすると、すったもんだあって、何度も最初から聴き直すのだ。このときの彼女のセリフがいい。
          「『ボレロ』ってどれも15分あって、前戯から始めるとちょうどいいの」
          最初はボー・デレクのダイナマイトボディ観たさに観たロマンチックコメディだったが、ぼくにはセックス=「ボレロ」というイメージが完全に植え付けられた。

           
          「ボレロ」は、フランスの作曲家モーリス・ラヴェルが1928年に作曲したバレエ音楽。同一のリズムが保持されるなかで2種類のメロディーが繰り返されるという特徴的な構成であり、現代でもバレエの世界にとどまらず、広く愛されている音楽である。ハ長調で、どんな演奏家(指揮者)でも曲の長さが15分程度だ。
          特徴は3つある。(1) 最初から最後まで(最後の2小節を除く)同じリズムが繰り返される。(2) 最初から最後まで1つのクレッシェッドのみ。(3) メロディーもA、Bの2パターンのみ。
          これだけ書くと、極めて単調なように思われるが、実際の演奏は非常に色彩豊かだ。
          曲は、スネアドラムによってリズムが刻まれ、次第にフルート、ピッコロ、クラリネット、オーボエとふうに大きな音が鳴る楽器で演奏されていく。

          音量も最高潮を迎えた直後。最後の2小節で下降調のコーダでしめくくられるのだ。

          映画『テン』を観てからというもの、この最後の2小節は、セックスでいう「ドピューッ」という射精のイメージなのだ。
          ついでにいうと、年末のシルベスターコンサートでも熊川哲也(振付ローラン・ブティ)がしばしば踊っている。年越しの時報とともに、大団円を迎える最高の曲なのだ。

          ラヴェルの「ボレロ」は、ラヴェルの「ピアノ協奏曲」と並び、クラシック音楽でぼくが大好きな5本の指に入る名曲である。
          これまでいろんなバレエを観て「ボレロ」には感動されてきた。『愛と哀しみのボレロ』にも出たジョルジョ・ドンのダンス(モーリス・ベジャール振付)、あるいはスペイン国立バレエ団の赤と黒の衣装が群舞するフラメンコ風ダンス(衣装と装置はマヌエル・ド・ファリャ)には、極上の美を見せつけられた。
          しかし、『テン』のおかげで、セックスの「ドピューッ」のイメージしかないのである。

          | mou1234 | 21:08 | comments(0) | - |
          3.『2001年宇宙の旅』(1968年)×R・シュトラウス「美しき青きドナウ」
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            1990年代、月に一度はアメリカへジャンケットなるものに出かけた。いうなれば、映画の監督や出演者の取材である。 <br/> ロサンゼルスへ行くお楽しみといえば、ハリウッドにある書店めぐりだった。ここでは、日本では売ってないような映画用スクリプト (台本) が売っていた。シナリオライターのための勉強用教材だった。

            『ゴッドファーザー』(1972年)や『許されざる者』(1992年)など、ぼくが大好きな映画はほとんど買った。いまはインターネットでも見られるので、躍起になって集めていないが、それらの脚本を英語で読むのが何よりの映画の勉強であった。

            スタンリー・クーブリック監督の1968年のSF映画の金字塔的作品『2001年宇宙の旅』には、クラシックの名曲が数多く使われている。リヒャルト・シュト ラウスの交響詩「ツァラトゥストラかく語りき」やリゲティの「アトモスフェール」や「レクイエム」なども印象深いが、何よりも円舞曲「美しき青きドナウ」 が忘れがたい。スペースシャトル、アリエス1B型 (宇宙ステーションと月面を往復するスペースシャトル、「宇宙の荷馬」というあだ名を持つ) が月に向かうシーンと、超重要な最後のエンドクレジットで流れるのだから。

            その月に向かうシーンの前のシークエンスで、棍棒は人類が歴史上初めて手にした武器で、モノリスの進化に促された猿人たちは骨製の棍棒を手にする。猿人たち がそれを天空高く放り投げると、場面が変わって、宇宙船に変わるというわけだ。そこでズンチャチャズンチャチャとウィンナー・ワルツが流れた。まるでヒト が作ったすべての道具は棍棒の延長線にほかならないといっているかのようだ。

            前述したスクリプト (英語版脚本) をひもとくと、「Thousand Megaton Nuclear Bomb in Orbit above The Earth」とト書きにあって、なんと猿人がほおった骨は単なる「宇宙船」でなくて、「核ミサイル搭載の軍事衛星」だったことがわかる。

            パンアメリカン航空 (1991年倒産して運航停止) をはじめとするアメリカ、フランス、ロシア、中国など世界各国のスペースシャトルや人工衛星が宇宙空間を飛び交っている。そこで底抜けに明るい「美しき青 きドナウ」が流れれば、何か平和利用の延長線上の出来事であるような錯覚を持つけれども、実際は相当に「物騒な世界」になっていたのである。

            「美しき青きドナウ」は、ヨハン・シュトラウス2世が1867年に作曲した管弦楽用ワルツ。 1966年の普墺戦争に敗北し、失意のどん底にいたウィーン市民の心を癒すために作曲された。当初は男声合唱曲として作曲され、「くよくよするなよ!」や「悲しい のかい?」といった歌詞が図星にウィーン市民の心情を吐露していたため、反響はあまり好ましいものではなかったが、管弦楽曲に書き直されて人気を博し、 「オーストリア第2の国歌」「ヨハン・シュトラウスの最高傑作」とまでいわれた。 曲は弦楽器のトレモロに乗ってホルンが静かに主題旋律を奏して、ドナウ川の源流にあたる「ドナウの泉」や「黒い森」の情景が描かれる。次第にワルツに発展し、ニ長調の主部となる。その後、明るい5つのワルツが連結され、主部となり、華々しいコーダとなって終わる。演奏時間は約10分。今では、ウィーン・ フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤー・コンサートのアンコールの定番曲としても知られている。

            2001年段階で、人類は月面にまだ住んでいない。『2001年宇宙の旅』の公開は1968年で、アポロ11号乗組員が月面に立つのは1969年7月20日のことだ。それを思うと、クーブリック監督の壮大なイマジネーションに驚くばかりだ。 近未の宇宙空間で世界各国の核兵器が飛び交う恐ろしい世界をおげ現出させたのは、冷戦下の1964年の『博士の異常な愛情』のラストで巨大なキノコ雲を見せたクーブリック監督ならではのブラックユーモアなのである。

            | mou1234 | 20:49 | comments(0) | - |
            2.『インセプション』(2010年)×エディット・ピアフ「水に流して」
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              2010年のクリストファー・ノーラン監督・脚本・製作による『インセプション』(原題Inception) は、イギリス系アルゼンチン人のホルヘ・ルイス・ボルヘス著の短編集『伝奇集』から着想を得たSFアクション映画。

              主人公のドム・コブ (レオナルド・ディカプリオ) は、他人の夢(潜在意識)に入り込むことでアイデアを盗み取り、アイデアを“植え付ける”(インセプション)、特殊な企業スパイ。極めて困難かつ危険な仕事に一度は断るものの、妻モル (マリオン・コティヤール) 殺害の容疑をかけられ子どもに会えずにいるコブは、犯罪歴の抹消を条件に仕事を引き受けた。

              古くからコブとともに仕事をしてきた相棒のアーサー (ジョゼフ・ゴードン=レヴィット)、夢の世界を構築する「設計士」のアリアドネ (エレン・ページ)、他人になりすましターゲットの思考を誘導する「偽装師」のイームス (トム・ハーディ)、夢の世界を安定させる鎮静剤を作る「調合師」のユスフ (ディリーブ・ラオ)、そしてサイトー (渡辺謙) を加えた6人で作戦を決行。首尾よくロバート (キリアン・マーフィー) の夢の中に潜入したコブたちだったが、直後に手練の兵士たちによる襲撃を受けてしまう。これはロバートが企業スパイに備えて潜在意識の防護訓練を受けており、護衛部隊を夢の中に投影させていたためであった。

              曖昧になる夢と現実の狭間がこの映画の白眉であり、「夢の中でさらに夢を見ている」という多層構造になっていて、ボルヘスの小説のように難解さを極めるのだ。そこがおもしろさになるわけだ。

              コブたちが夢から現実に戻る際の合図にしていたのが、エディット・ピアフのシャンソンの名曲「水に流して (Non, je ne regretted rein)」を低速度で逆回転させた音楽である。この曲はエンディングにも、ちゃんとした音楽として流れるのだ。

              この「水に流して」は、シャルル・デュモンが1956年に発表した曲で、歌詞はミシェル・ヴォケールによって付けられた。意味は「私はけっして後悔しない」。1960年にエディット・ピアフのレコード録音が大ヒット。このバージョンは、フランスの1968年の五月革命を描いたベルナルド・ベルトルッチ監督の『ドリーマーズ』(2003年)でも使われている。

              おもしろいのは、随所に映画的引用が散りばめられていることだ。 冒頭のアークヒルズのヘリポートからは東京の首都高速が見える。赤坂あたりの首都高速といったら、アンドレイ・タルコフスキー監督作品『惑星ソラリス』(1972年)の近未来都市の舞台だ。またパリではメトロが唯一地上の高架を走る、セーヌ川に架かるビルアケム橋は、ご存じベルナルド・ベルトルッチ監督作品『ラストタン ゴ・イン・パリ』(1972年)の舞台だ。さらにクライマックスの大活劇の舞台となる雪山の敵のロッジは、ノーラン監督が007作品でいちばん好きらしい、ピーター・ハント監督作品『女王陛下の007』(1969年)のアルプスにあるピッツ・グロリアのようで、その上質のパロディでさえある。

              『惑星ソラリス』『ラストタンゴ・イン・パリ』『女王陛下の007』を思い返すといい、全部の作品で主人公の妻は“死んでいる”のだ。このことにより、主人公ドム・コブの妻モル・コブはすでに“死んでいる”ことがわかる。

              この『インセプション』の3年前、モル役のマリオン・コティヤールは伝記映画『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』(2007年)でピアフを演じて、ラストで過 去を振り返り、けっして後悔はないと歌い、見事に米アカデミー主演女優賞に輝いている。だが、それより前に完成した本作品の脚本には、この曲の使用が決まっていた。

              | mou1234 | 20:29 | comments(0) | - |
              1.『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』(1992年)×タンゴ・プロジェクト「ウナ・ポル・カベッサ」
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                1992年のマーティン・ブレスト監督の『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』(原題 Scent of Woman)は、アル・パチーノのアカデミー主演男優賞を決定づけたといえるタンゴが登場する。
                 
                物語の主な舞台は、ボストンの全寮制の名門高校。冬の感謝祭の休日で、盲目の毒舌家の退役軍人、フランク・スレード中佐 (アル・パチーノ) はニューヨークで大豪遊するわけだ。そこの学生チャーリー・シムズ (クリス・オドネル) は彼の身の回りの世話をしていたが、彼のお供するわけだ。泊まったホテルは超高級の「ウォルドルフ・アストリア」で、送迎車はリムジン。ダニエルはミニ バーのジャック・ダニエルのミニボトルを飲んでばかりだ。親友だから「ジョン・ダニエル」と呼んでいる (このエピソードはジャック・ダニエル好きのフランク・シナトラのものだったか)。
                2人は5番街でスーツを新調し、 目も見えないのに19万ドルもするフェラーリの新車を試乗して暴走させる。おまけに、ティーラウンジで美しい女性ドナ (ガブリエル・アンウォー) とタンゴのステップまで披露するのだ。ダニエルはあらかじめ、彼の目であり、耳であるチャーリーにラウンジの広さなどを聞いている。あとは、生きていることを実感するように、ただ踊るだけだ。

                このタンゴのシーンのガブリエル・アンウォーが美しい。ブルネットの髪をアップにして、背中が大きく空いた「リトル・ブラック・ドレス」を着ている。ダニエルのリードで、情熱的なダンス、タンゴを踊るのだ。アンウォーの透き通った白い肌も、上気して紅潮しているかのようだ。香りに敏感な盲人の特権で、ダニエルはドナがつけていた香水の香りを楽しむのだ。「よかった。これでもう、あなたを探せます」とシャレた会話を楽しみながら。

                ここで流れるのが、「ウナ・ポル・カベッサ」というタンゴの名曲。競馬用語で「首 (ひとつ) の差で」という意味で、もともとはタンゴ作曲家カルロス・ガルデルが1935年の映画『タンゴ・バー』のために作曲した挿入曲だ。演奏はタンゴ・プロジェクト。すごく聞き覚えのある曲で、このバージョンがいくつもの映画に使われている。

                ジェームズ・キャメロン監督のコメディタッチのスパイ・フリック『トゥルー・ライズ』(1994年)は1991年のフランス映画『La Totale』のリメイクだったが、一輪のバラをくわえたアーノルド・シュワルツェネッガーとジェイミー・リー・カーティスの夫婦がラストシーンで踊るタンゴもそうだった。1935年に出来た曲なので、のちの時代なら何でも使える。第2次大戦中の戦争映画、スティーヴン・スピルバーグ監督の『シンドラーのリスト』(1994年)のナチの巣窟でもある ドイツ軍将校クラブの場面でも使われる。また1950年代が舞台 (ピューリッツァー賞受賞の原作こそ1930年代大恐慌の時代だった)の、スティーヴン・ザイリアン監督、ショーン・ペン主演 のリメイク版『オール・ザ・キングズメン』(2006年)でも使われている。

                『セント・オブ・ ウーマン/夢の香り』のクライマックスは、ダニエルがチャーリーに5番街の「ダンヒル」に葉巻を買いに走らせる場面だ。この葉巻がキューバ産の「モンテクリストNo.1」(『スモーク』でハーヴェイ・カイテルの店主が水浸しにする葉巻だ)。いまもキューバと国交のないアメリカにはご禁制の品。簡単に見つかるわけはなく、ダニエルの「時間稼ぎ」は失敗に終わる。

                ラストで、ダニエルは学校の公聴会の席で一席ぶつ。「フーアー」と気合を入れてスピーチするアル・パチーノの一世一代の名演に泣けた。

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                | mou1234 | 18:01 | comments(0) | - |

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